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【海外メディア最新事情】-「GALAC」2020年9月号

セクハラ逃れ!?
ソウル市長の自殺

ジャーナリスト
安 暎姫

ソウル市長に何が !?

7月9日午後、「ソウル市長失踪」という韓国を震撼させるニュースが流れた。朴元淳ソウル市長といえば、市民団体の活動家兼弁護士出身で、2011年のソウル市長選で当選してから、これまで3度の選挙を勝ち抜いてきた。
警察の発表によると、朴市長は当日健康上の理由で出勤せず、当日のスケジュールがすべてキャンセルになっていた。しかし、家族の通報では遺書のような書き置きを残して家を出たきりだという。防犯カメラには黒っぽいジャンパーを羽織り、帽子を深めに被りデイパッグを背負った市長の姿が映っていた。警察は、機動隊やドローン、警察犬などを総動員して朴市長の所在を把握しようと努力した。捜索は夜中まで続き、自殺した市長の遺体を発見したのは翌日の午前0時を少し過ぎた頃であった。
いったい市長に何が起きたのか。失踪のニュースの後、元ソウル市職員が市長をセクハラ容疑で告訴し、取り調べを受けていたと報道した。しかし、朴市長が遺体で発見されたことで、この告訴事件は「控訴権なし」で処理された。つまり、被告が死んだので裁判にならないということだ。
最近韓国では、公職者のセクハラ事件が立て続けに起きている。今年4月には現職の釜山市長がセクハラを認め辞職したばかりで、2018年には忠南道の知事がセクハラで訴えられ、現在服役中である。このうち、知事と朴市長は与党側の次期大統領候補でもあった。
特に、朴市長は「セクハラは不法」とし、有名なセクハラ訴訟で弁護人を務めるなど、市長になる前から女性の味方として名を馳せた人権派弁護士であった。これまでのイメージは清貧かつフェミニストである。
韓国の政治家が自分の不正事件を自殺で終結させたのは、彼が初めてではない。文在寅大統領や朴市長と心の友であった廬武鉉元大統領、また朴市長の後輩であり彼を市長に押し上げた立役者である廬会燦元国会議員がいる。
両者は、清貧な政治家として尊敬されていたが、不正贈賄事件と関連したことが報道される前に自殺し、事件は有耶無耶になった。それどころか、贈賄などには触れず彼らが偉大な政治家であったことだけが強調され、英雄視されるようになった。両者と仲が良く、同じ思想を持っていた朴市長が自死を選んだとき、人々の頭には先に亡くなった両者がよぎった。

市葬反対請願に35万人

葬儀はソウル市が主管し、市の予算で「ソウル特別市長5日葬(市葬)」をすることになった。
これに対し、ソウル市民の意見は二分した。告訴に関しては不問に付して、10年間ソウル市長として行った功績を称えようとする人と、不名誉なことで自殺した人の葬儀を税金で盛大に行うことやセクハラ被害を主張する人を配慮しない措置に反対する人たちだ。
すでに、青瓦台(大統領府)には「ソウル特別市長を5日葬で弔うことに反対する」という請願が出され、1日で35万人の同意を得た。
請願で20万人以上の同意を得ると、青瓦台は義務的に答えを出さなければならない。しかし、請願の締め切りは翌月の9日なので、すでに葬儀は終わっている。それでも請願を出すのは反対している人たちがいるということを知らせるためである。また、ソウル市長としてさまざまな政策を打ち出し、政策半ばで引き継ぎもしないで勝手に死んでしまったことは、無責任きわまりないことでもある。
SNSやユーチューブでは、朴市長への告訴内容が書かれた文章や告訴した人の顔写真などが出回り、韓国警察が捜査に乗り出した。フェイクニュースを流布した人に対しては厳しく取り締まるとしている。だが、市長支持者たちのなかには、告訴した元秘書の身元情報を探っており、そうした2次被害が出る懸念もある。
失踪から遺体発見、葬儀と、連日マスコミでは故朴市長と関連したニュースを流し続けている。文大統領は弔問には直接訪れなかったが弔花を贈り、秘書室長には「あまりにも衝撃的」と伝言させた。葬儀場には各界の著名人たちが集まり、ソウル市長前の広場には一般人向けの焼香所が設けられ、多くの人たちが焼香をしている。
しかし、政治家のなかには「朴市長の弔問はしない」と断言する人たちもいる。また「最も苦痛を感じる人は被害者である」「何事もなかったように追悼することはできない」と、ソウル市の葬儀主催にも反対した。不名誉なことで自死を選んだのであれば、一般葬にすべきだということだ。
「控訴権なし」で裁判で是非を明かせなくなった告訴人は、代理人を通じて13日記者会見を開き「告訴人の立場」を表明した。 被告は故人となったので、実際セクハラがあったのかどうかは不明である。
手書きの遺書が公開された。遺書には〈すべての人に申し訳ない。私の人生で共にしてくださった皆様に感謝する。ただただ、苦痛しか与えられなかった家族にはすまない。火葬して両親の墓に撒いてほしい。みんな、さよなら。〉とあった。
市政に関しても、セクハラに関しても、一切触れていない。

~著者プロフィール~
アン・ヨンヒ ソウル在住。日韓の会議通訳を務めながら、英語をはじめとする多国語の通訳・翻訳会社を経営している。ネットマガジンの『JBpress』で韓国文化について連載中。

★「GALAC」2020年9月号掲載