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【ギャラクシー賞テレビ部門8月度月間賞】-「GALAC」2022年11月号

心の闇に向き合う、胸を打つ傑作

土曜ドラマ「空白を満たしなさい」
6月25日~7月30日放送/22:00~22:49/日本放送協会 NHKエンタープライズ

本作は平野啓一郎の同名小説を原作とし、自殺という重いテーマに正面から斬り込んだ意欲作だ。主人公の土屋徹生(柄本佑)は勤務先のビルから転落死し、自殺として処理される。3年後、徹生は「復生者」として生き返るが、ばりばり働き、妻の千佳(鈴木杏)と幼い息子とともに満ち足りた生活を送っていた自分が自殺したとは思えず、不気味な警備員の佐伯(阿部サダヲ)に殺されたのではないかと考え、真相究明に乗り出す。しかし監視カメラの映像によって自殺であったことを確信した徹生は、自らの死の理由に向き合うことになる。
ビルから飛び降りた徹生の最後の感情は「生きたい」だった。幸福な人生を求めるあまり心の闇に引きずり込まれそうになり、むしろそこから逃れるために飛び降りてしまったのだ。佐伯はそうした負の感情のメタファーとも言える存在で、徹生は佐伯の影=幻影を自ら生み出していたのである。
しかしこのドラマは、謎解きでは終わらず、その後の徹生の変化を描き出す。最終回で、復生者がどんどん消滅していることを知り、徹生は限られた時間のなかで自分が家族に何を残せるかを考える。圧巻は徹生が家族とともに千佳の毒親・薫(木野花)に会いにいくシーンだ。子ども時代の千佳を「心が汚い」と決めつけ心に傷を負わせ、徹生の自殺の原因も千佳にあると言う薫に対して、徹生は哀しみとも怒りともつかぬ表情を浮かべる。しかしその感情を拭いさるように腕で涙を拭くと、心からの笑顔を浮かべて「千佳は善人です」と言い切り、千佳の両親に感謝を伝えるのだ。徹生が千佳のために、かつて自分が抗いきれなかった負の感情を乗り越えることができた美しい瞬間だった。
誰もが心に闇を宿し、ふとした瞬間にダークサイドに落ちてしまう危険性を抱えている。しかしそのこと自体を受け入れながら生きていくことはできるのだ。最後に、柄本佑、鈴木杏、阿部サダヲの演技が「上手い」という言葉では言い尽くせぬほど深く胸を打ったことも書き添えておきたい。(岡室美奈子)

報道は戦争のフェイクを打ち破れ

NO WARプロジェクト つなぐ、つながるSP
「戦争と嘘=フェイク」
8月14日放送/14:00~15:54/TBSテレビ

今年の8月はロシアのウクライナへの侵攻が続くなかで、戦争を振り返り、犠牲者を悼む日々となった。ウクライナでの戦争は軍事力だけでなく、経済制裁、情報戦とさまざまな形で繰り広げられている。番組は、ウクライナでの戦争と第二次世界大戦を嘘=フェイクとプロパガンダに焦点を当てて描いている。
ウクライナのマリウポリの病院で、瓦礫のなかから避難する妊婦を、ロシアは避難する演技をしているクライシスアクターだと非難した。しかし、インタビューに答えた妊婦はその直後に出産し、病院が攻撃されたのは事実だと述べた。キーウに近いブチャの町では、ロシア軍の撤退後、多数の市民の遺体が発見された。ロシアはウクライナ側が死体を並べたフェイクニュースだと主張した。しかし、銃撃を受けながらポーランドに逃れた虐殺の生き残りの人のインタビューを伝え、市民が録ったスマートフォンの映像で証言を裏づけて、市民への虐殺が行われたと明らかにした。ロシアの侵攻を歓迎したと伝えられたウクライナ人のおばあさんやクラスター弾の使用についても、事実を都合のよいように切り取ってプロパガンダが行われている。
戦争をめぐる戦果や被害についての嘘は今に始まったことではない。先の太平洋戦争では、日本海軍はミッドウェー海戦で主力空母4隻を失う大損害を受けたが、被害を少なく戦果を過大に発表し、以後、日本の大本営発表はこれが常套化した。一方、広島、長崎に投下された原爆では、大量の放射能が長年にわたって被害者を苦しめた。しかし、アメリカ軍幹部は「残留放射能はなかった」と議会で証言し事実を隠蔽した。
戦争では、嘘やプロパガンダは、自分たちを有利にするために昔から付きものだった。SNSやAIの進歩で一層巧妙になっているが、一方で衛星などを使って見破る技術も進んでいる。現地を取材した記者は、テクノロジーだけでなく、現場の取材を通じて事実を明らかにしなくてはならないと強調した。何が真実なのか、しっかりした視点から報道を吟味し考えることを番組は訴えているように思った。(石田研一)

史料・証言で知る大東亜共栄圏の断末魔

NHKスペシャル「ビルマ 絶望の戦場」
8月15日放送/22:00~23:00/日本放送協会

終戦のあり方は、それぞれの地によって異なる。広島、長崎、沖縄のほかにも、第二次世界大戦中に日本軍が大東亜共栄圏の建設のために進軍した各地で、それぞれの終戦の物語がある。この番組はビルマ(現ミャンマー)戦線の最後を追った、出色のドキュメンタリーだ。前作とも言うべきNHKスペシャル「戦慄の記録 インパール」(第55回ギャラクシー賞テレビ部門選奨)ではインパール作戦の無謀さを暴き、本作では作戦以後の1年間に焦点を当て、さらに泥沼化していくビルマの終戦を浮き彫りにした。
この番組で圧巻だったのが「史料や証言の組み立て方」である。戦後77年が経ち、当時の史料は散逸し、証言できる者は減った。そのなかでも、一次史料の発掘にこだわり、証言者を見つけ出して、最後のビルマ戦線の実相を立体的に見せていた。たとえば、戦記作家の高木俊朗が残したテープからはイラワジ河での戦いに目的がなかったとする兵士の戸惑い。ある少尉が残した手記からは高級将校が現地の芸者にうつつを抜かし頽廃していく軍紀への怒り。そして英軍の尋問証書からは司令官が現地部隊を残して退避していく無責任さが伝わってくる。日本側の声だけに限らない。日本軍に反旗を翻したビルマ国軍元兵士の怨言。首都ラングーンを簡単に奪還できたと語る元英軍兵士の冷笑。日本軍の行動を見抜いたために多くの戦死者を出したことを悔いる英軍語学将校の苦悩。そして現地で日本軍の最期を目撃したビルマの人々の悲しみ。
これらの「史料」や「証言」、そして今なおミャンマーに残る戦場の「爪痕」が、番組のなかで次々に立ち現われ、それぞれの角度から、終戦へと向かうビルマの実相、大東亜共栄圏の断末魔を形作っていく。この番組は決して、見る者に見方を強いることはない。見る者によって、あるいは視聴するたびに、感じ方は異なるのではないか。幾重にも折り重なったポリフォニック(多声的)な痕跡とそれらの構成の仕方が卓抜で、安易な再現映像に頼りがちな昨今の8月ジャーナリズムに一石を投じた番組であった。(松山秀明)

ディズニーの資本参加を得た極上ドラマ

プレミアムドラマ「拾われた男」
6月26日~8月28日放送/22:00~22:45/日本放送協会 NHKエンタープライズ ウォルト・ディズニー・ジャパン

原作は俳優・松尾諭が『文春オンライン』に連載、のち単行本化された自伝的エッセイ。運と縁を掴んで世に出た個性派アクターの訥々としたモノローグがそもそも身上なのだが、足立紳の脚本と井上剛の演出で、極上のドラマに仕上がった。
仲野太賀演じる“松戸諭”がテンション高く、とはいえ上滑りすることもなく全10回の前半を引っ張っていく。売れない俳優の卵が自動販売機の下から航空券を拾い、その落とし主であるモデル事務所の社長(薬師丸ひろ子)に“拾われ”、仕事運が開けていくというお伽話的な導入だからこそ、見る者は絡めとられるように実話のなかの虚構性の魅力に落ちていく。父親役の風間杜夫がシュアな演技を見せる一方、その妻を演じる石野真子が関西弁ネイティブ(石野は兵庫出身)の流暢なセリフ回しで応じ、主人公が映らないシーンも目が離せない。実際に松尾諭が付き人だった井川遥や、尊敬する先輩俳優・柄本明の本人役での出演、恋人から妻になる伊藤沙莉の登場と、中盤に向かってテンポよくキャラクターが増え、物語は進行する。
そして7回目から始まる「アメリカ編」では、諭の兄・武志役の草彅剛が、もう一人の主人公といっても過言ではない演技力で、主人公と切り結んだ。音信不通だった兄が倒れたという連絡を受けて渡米した諭は、兄がアメリカ生活15年間に築いた居場所に立ち、女友だちエイドリアンとその息子ショーンとの交流を知り、共感のなかでか細い絆を再び縒り直す。日本とアメリカでの回想シーンに現れる武志は、実に人間臭く魅力的で、草彅渾身の演技だ。ショーンとの約束を兄弟で果たし、揃って帰国、すべての伏線を回収し、さらにその後の主人公の心象風景に切り込んでいく最終回は圧巻だ。
大きな話題が、ディズニー資本の制作参加である。テレビはBSプレミアムのみ、一方配信はディズニープラスだけ。NHKプラスでも見られないのだが、地上波しか視聴できない人にも、見せたいドラマである。(並木浩一)

★「GALAC」2022年11月号掲載