名作「老人と鷹」へのオマージュ
「鷹を継ぐもの」
6月30日放送/21:30~23:00/日本放送協会 テムジン
「最後の最後まで鷹と生きたい」。50年間、鷹匠として生きてきた松原英俊(73歳)は、そう語る。松原の口調はとても柔らかで、自然への敬意に満ちている。山形県天童市田麦野。冬になると雪深い、月山に程近い家で、鷹とともに暮らす。現在、クマタカで狩りをする、ただ一人の鷹匠となった。
このドキュメンタリーで描かれているのは、きわめてミクロな世界である。人間と、その腕に乗る鷹。いかに互いに心を通じ合わせるか。暗室に鷹と籠り、鷹を飢餓状態にして、鷹匠の存在を受け入れさせる。松原の言葉を借りれば、人に鷹を懐かせるのではなく、人が鷹に一歩ずつ近づいていく。静謐な空間で行われる両者の対峙が、心と心を繋いでいく。これを「人鷹一体」という。
この番組を見ながら思い出すのは、テレビ史に残る名作「老人と鷹」である。1962年、日本テレビ「ノンフィクション劇場」で放送され、カンヌ映画祭で受賞した初期テレビドキュメンタリーの金字塔である。このとき主人公だった沓沢朝治こそ、松原が弟子入りした鷹匠だった。鷹匠とテレビの歴史が60年の時を経て、再び交わったのは感慨深い。番組で「老人と鷹」への言及はないものの、オマージュを感じた。
今回、この2代にわたる「老人と鷹」の物語に、一人の少女が加わった。鷹匠に魅せられた高校2年生の少女は、老いた松原に弟子入りを志願する。かつて沓沢に弟子入りを断られた経験を持つ松原は、慎重になった。しかし、彼女の純粋な眼差しを見て、松原は優しく迎え入れる。「私の持っている技術を、すべてこの子には伝えてもいいのかな」。どこかぎこちない二人は、まるで久々に再会した祖父と孫のよう。この温もりが、「老人と鷹」の物語を更新する。
この少女がこれから月山の麓に住み、無事に鷹匠となるかはわからない。しかし、彼女の目つきは本物で、鷹匠の物語を継ぐ意志を感じる。いつか鷹匠となったとき、彼女の人鷹一体の世界を、三度、テレビドキュメンタリーが捉えることを願いたい。(松山秀明)
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ポジティブシンキングなお伽話
「日曜の夜ぐらいは…」
4月30日~7月2日放送/22:00~22:54/朝日放送テレビ
6月度の月間賞を受賞した「波よ聞いてくれ」(テレビ朝日)と同じく、本作もラジオが大きなキーワードとなっている。下半身の不自由な母(和久井映見)を支えながら、ファミレスのアルバイトで生計を立てるサチ(清野菜名)、家族からの疎外感にさいなまれながら、一人暮らしをするタクシー運転手の翔子(岸井ゆきの)、毒母(矢田亜希子)の影におびえつつ、祖母(宮本信子)と二人で地元のちくわぶ工場で働く若葉(生見愛瑠)。出口の見えないつらさを抱えながら、それぞれが日常をなんとか生き抜いている。
まったく接点のない3人を結びつけたのは、ラジオ番組主催のリスナーバス旅行だ。翔子と若葉は自身が番組のファンだが、サチは母の代理として参加した。そこで互いの友情を深めるところから、物語は流れていく。リスナー代表として旅行を仕切っていたみね(岡山天音)が程なく3人と深く関わるようになる。
脚本の岡田惠和は、弱き個人にスポットを当てるのが得意な人だ。それは集団としてではなく、一人ひとりに寄り添うラジオというメディアの特性にも合う。ドラマの「出会い」がテレビの視聴者参加イベントではなく、ラジオのリスナーバス旅行だったことの意味は大きい。
本作を評するに際し、複数の委員から「お伽話」という表現があった。無論ポジティブな意味合いだ。バス旅行で立ち寄ったサービスエリアで、3人が1枚ずつ買った宝くじがまさかの高額当せんをする。当せんくじを所有していたのはサチだったが、迷わず彼女は翔子と若葉にその事実を伝え、やがて物語はカフェの共同経営に向けて動く。彼女たちの人生が少しずつポジティブな方向にシフトチェンジする。疑似家族のような新生活も始まる。岡田の作品には根っからの悪人はあまり出てこないし、ストーリー的に救いのあるものが多い。そのあたりも「お伽話」と言えるかもしれない。安直なハッピーエンドに終わらせず、現代社会に向け余韻あるメッセージを柔らかく残したラストは、とりわけ印象深いものだった。(影山貴彦)
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「あかん現実を切り拓く」家族の物語
プレミアムドラマ
「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」
5月14日~7月16日放送/22:00~22:50/日本放送協会 NHKエンタープライズ AOI Pro.
シリアスな湿り気をポップなおかしみで塗り替えるような家族の物語。降りかかる深刻さをエンターテインメントに昇華していくスタンスは実話を綴った原作エッセイが礎だ。ドラマ脚本は遊び心たっぷりに原作を膨らませ、大九明子演出による映像は時にファンタジックで本作の世界観を縦横に広げてみせた。
とにかくこの家族、大変だ。主人公は岸本家の長女・七実。中学2年のときに父は心筋梗塞で早逝。弟はダウン症で知的障害を持つ。一家を支えていた母は大動脈解離で倒れ車いすに。同居を始めた祖母は認知症を発症。「周りは絶望だらけやから前だけを見る」――七実は持ち前の瞬発力と調子の良さで“あかん現実”を切り拓いていく。とはいえ優等生ではない。時に自己優先で、守るべき弟にも愚痴をぶつけ、行き当たりばったりで周りをトラブルに巻き込む。と思いきや、奇跡のようなプラスを引き寄せマイナスを挽回。この目まぐるしい逞しさが魅力的で目が離せなかった。
中盤、七実は家族の苦境を文章に綴りネットに投稿。大きな評判を得て作家業へ。「家族のことを自慢する仕事」と滑り出しは揚々だったが、前進するほど評価を求められる世界で「もっとホメられたい」「このまま家族のことだけ書いて朽ち果てるのこわいねん」と追い詰められていく。最終話、死んだ父が現れて、「他人の評価とか人気なんかどうでもいい」と諭され、七実は自身が立つべき世界(=家族)に回帰。「この家族と笑い続けてやる」と父の思いを受け継ぐ。家族に翻弄され導かれ救われる、類例のない妙味溢れる家族の物語だった。
強い存在感を見せた河合優実を筆頭にキャストも絶妙だった。失意と克服を行き来する母に坂井真紀。ボケても人生を謳歌する祖母に美保純。死者として家族に寄り添う父に錦戸亮。終盤、錦戸の深い眼差しが随所で印象的だった。特筆すべきはダウン症の当事者が演じた弟役の吉田葵。みずみずしい演技が各場面の多彩なアクセントになっていた。彼の起用を支えたスタッフも欠かせぬ功労者として讃えたい。(松田健次)
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母親に与えられた更生プロジェクト
ETV特集
「塀の中で手にした“鏡”」
7月22日放送/23:00~24:00/日本放送協会
子に対する愛情は受刑者も同じ、いや、会いたくても会えないだけになお一層深くなるのだろう。
山口県にある、国と民間が共同で運営する刑務所では13年前から子どものいる受刑者に絵本の読み聞かせを訓練し、それを録音して子どもに送り届けるという更生プロジェクトを続けている。それ以前から続けているイギリスでは、これを聞いた97%の子どもが親を近く感じたという調査結果も出ている。
ディスクに吹き込んで子どもに聴かせるために想像し、工夫し、表現する時間はまさに人間を取り戻す時間。ある人は絵本の中の子どもが母親に質問する何でもないことへの愛情溢れる受け答えを読んで、自分勝手で子どもをないがしろにしてきた過去を深く悔やみ、ある人は自然なアクセントや強弱の付け方を考えるうちに、登場人物たちの心を慮る姿勢を学ぶ。振り返ることを避けてきた過去の自分と対面し、自らの姿を鏡に映す勇気と機会を与えられた彼女たちは、何でもない幸せに気づき、空が青いのを見ただけでも涙が出るようになるという。規則に縛られた無機質な刑務所の中で、手に汗をびっしょりかいて臨む収録の時間がいかに貴重なものなのか察してあまりある。
もちろん、世の中はそんなに甘くはなく、退所してからも薬物への誘惑に晒され、定職に就きたくても就けないつらい現実などが待っている。紹介されていた一人の受刑者も退所後一時消息がわからなくなってしまう。しかし、一線を越えそうなところを引きとめる力をこの貴重な体験は持っており、これまでこの更生プロジェクトに参加した82人のうちの60人は再犯に手を染めずに暮らしているそうだ。薬物依存だけではなく、元受刑者に厳しい目を向ける社会の現実に臨む彼女たちにとって、この母親としての自覚を取り戻す体験が、ずっしりと重いアンカーとなってこれからの人生の指針となってくれることを心から望みたい。
これは受刑者に限ったことではない。確固とした指針もないままに社会を浮遊しがちなわれわれにとっても大いに示唆に富んでいると感じた。(加藤久仁)
★「GALAC」2023年10月号掲載