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【ギャラクシー賞テレビ部門9月度月間賞】-「GALAC」2023年12月号

教育現場への強烈メッセージ

土曜ドラマ
「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」
7月15日~9月23日放送/22:00~22:54/日本テレビ放送網

生徒を注意するだけでハラスメントと言われかねない昨今、教育現場は萎縮せざるを得ない。学園ドラマのスターだった熱血教師という存在は、もはやファンタジーになりつつある。そんななか、生徒に命がけで寄り添い、生徒を変えるために「私はなんでもします」とクールに宣言する教師のドラマが誕生した。
物語は、鳳来高校3年D組の担任教師・九条里奈(松岡茉優)が卒業式当日にクラスの生徒の誰かに突き落とされるシーンから始まる。ところが地面に叩きつけられる直前、里奈は1年前の始業式の教室にタイムリープする。そして自分の運命を変えるため、事なかれ主義を脱却し、徹底的に生徒たちに向き合う覚悟を決める。この設定が秀逸だ。自分を殺す可能性のある生徒たちを変えなければという絶対的な動機があるからこそ、里奈は躊躇なく生徒たちの心に踏み込み、容赦なく厳しい言葉を投げかけることができる。そこに予定調和が入り込む隙はない。
里奈の孤独な闘いに、同じく二度目の人生を生きる鵜久森叶(芦田愛菜)が加わる。彼女も教室で執拗ないじめに遭い、自死を選んだ人生を変えて生き抜こうと決意し、クラスの理不尽に立ち向かう。そんな鵜久森が謎の死を遂げ、その犯人は最終話で西野美月(茅島みずき)だったことがわかる。そんなつもりではなかったと泣くみずきを、里奈は許さない。「逃げるなよ! 人が、クラスメイトが、命を失ったんです。そんなつもりじゃなかった、そのひと言で逃げられるわけがない」という渾身の訴えで、彼ら彼女らに想像力の欠如を鋭く突きつけるシーンは圧巻だ。
もはや、こうした特異な設定がなければこれほど真摯な教師像を描けないのかという絶望を感じはするものの、現在の萎縮しがちな教育現場に対して強烈なメッセージを投げかけるドラマだったと思う。松岡は言うまでもなく、芦田、加藤清史郎、山時聡真、奥平大兼ら生徒たちの迫真の演技にも圧倒された。その一方で、里奈の夫を演じる松下洸平の自然体ぶりに癒やされた。(岡室美奈子)

信者はどうやって生まれていくのか

レギュラー番組への道
「危険なささやき」
9月23日放送/23:30~24:00/日本放送協会

旧統一教会がいかなる言葉で人の心を惑わし支配してきたのか。元信者の女性が教団を訴えて勝訴した裁判記録を基に、女性が体験したプロセスを田畑智子が迫真のロールプレイで再現した。女性がどのようなささやきで勧誘を受け、どんな言葉に心が動かされ入信へと進んだのか。会社を辞めてまで教団活動にのめりこみ、訪問販売に明け暮れ、いかにして脱会へと至ったのか。各場面を芝居で再現しながら、社会心理学者による解説、元信者の証言をまじえ、都度都度の心理状態を解き明かしていく。まさに旧統一教会による勧誘と支配のマニュアルを白日に晒すタネ明かしだ。
「あなたは今、人生の転換期です」「あなたが変われば家族が救われます」など、勧誘に使われる言葉は決して特殊なものではない。だがそれは心の弱みを揺さぶる力を持つ「危険なささやき」なのだ。母親との関係性で悩みを抱いていた女性はこれらの言葉に心を揺さぶられ、正常な判断力を奪われていった。
番組は暗がりが背景の簡素なスタジオで進行。その空間は世間から隔絶された共同体や、閉鎖的な心理状態を想起させる。フロアにはテーブルやイスがランダムに配置され演者がシーンごとに移動。小舞台的な演出が人物のやりとりを際立たせる効果をもたらし、照明も細やかに表情の陰影をあぶり出していた。そして、緊張感を携えながらも地に足の着いた演技により主軸を担った田畑智子が見事であり、田畑と絡む脇役陣も個々に雰囲気を醸して適役だった。
昨年の安倍晋三元首相襲撃事件以降、テレビは旧統一教会に関する問題を多々取り上げてきた。だが、どのように信者が生まれ、活動に没頭していくのか、断片にとどまらずその全容をじっくりと解き明かす番組はこれが嚆矢であり、全国放送された意義は大きい。現代はカルトのほかにも、オレオレ詐欺、投資詐欺、闇バイト、マルチ商法、違法薬物など「人を騙して金をむしる」悪意や罠がはびこっている。その仕組みや心理プロセスを徹底して明らかにすることは、必ずや明日の抑止に繋がるはずだ。(松田健次)

犯罪をでっちあげる体質

NHKスペシャル
「“冤罪”の深層~警視庁公安部で何が~」
9月24日放送/21:00~21:55/日本放送協会

「その瞬間、法廷に詰めかけた人たちはみな、息を呑んだ」という抑えたトーンのナレーションで番組が始まる。画面には〈2023年6月30日 東京地裁 第712号法廷〉の字幕とともに法廷の全景が映っている。
画面の印象も効果音やナレーションの響きも、いずれも静かで控えめだ。その静けさがこの番組の伝える“冤罪”の深層の戦慄的な実態を予感させた。
3年半ほど前の2020年3月、神奈川県にある機械メーカーの経営者ら3人が警視庁公安部に逮捕、拘留、起訴された。公安部の外事一課第5係が担当し、この会社で製造して中国に輸出した「噴霧乾燥機」という機械が生物兵器製造に転用される疑いがあるとして、軍事転用可能な機械の不正輸出の罪に問われたのである。一方、「不正輸出」と判断した第5係は経済安全保障の観点から警察内部で高く評価されたという。
不当に逮捕された会社の経営者たちは1年近くも勾留され、その間、病に倒れて、無念の思いのまま亡くなった方もいた。そして、逮捕から1年半後のある日、突然、検察が起訴を取り消したのである。
取材チームの長期間の粘り強い独自取材が警察内部の驚くべき事態を明るみに出し、犯罪をでっちあげる体質のようなものが見えてくるのだった。
最近になって、会社宛てに届いていた1通の手紙の撮影が許された。経営者たちの拘留期間中に警察内部の匿名の人物から送られていたものだという。そこには、架空の犯罪のねつ造に繋がる警察内部の不正を告発することばが書き連ねられていた。
冒頭のシーン。会社が損害賠償や事実の究明を求めて国と東京都を逆に訴えた裁判で、現職の警視庁捜査員が証言する「まぁ、ねつ造ですね」「捜査員の個人的な欲というか、動機がそうなったんではないか」という発言が画面に広がった。警察内部の力学に翻弄され、上司の顔色をうかがうだけの捜査員は多いが、それら不正を許さずに告発する捜査員もいるのだ。
この裁判は9月に結審した。年末に予定された判決が出る前に放送した姿勢を称賛したい。(戸田桂太)

雑草という草はなく、脇役という役もない

連続テレビ小説
「らんまん」
4月3日~9月29日放送/8:00~8:15/日本放送協会

本作は、「日本の植物分類学の父」と称される牧野富太郎博士をモデルに、幕末から昭和にかけてを時代背景として描いたドラマである。高知の酒造豪商家に生まれた槙野万太郎(神木隆之介)が、幼少期からの植物への尽きない愛と探究心を原動力に上京し、東京大学植物学教室と関わりつつ、独自のフィールドワークで採集した日本中の植物を元に植物図鑑を作り上げるまでの物語だ。万太郎の一目惚れから妻となる寿恵子(浜辺美波)は、図鑑作りという夢に向かう二人の人生を“大冒険”と呼び、同志として共に歩んでゆく。
オープニングで草原をふわふわと飛んでゆく無邪気な笑顔そのままに、植物が「好き」という気持ちひと筋に生きる万太郎。見慣れない草花に出会うと瞳を輝かせて顔を近づけ、「おまんは誰じゃ」と問いかける。その一方で、時代ごとの史実や世相を背景として、彼の反骨精神も随所に描かれる。
主演の神木は、浮世離れした天才の情熱と苦悩を、人たらしな愛嬌を交えてしなやかに演じた。そんな万太郎に太陽のような安心感を与える寿恵子の凛々しさと愛情深さを、晩年に至るまで見事に演じた浜辺も素晴らしかった。また、祖母タキを演じた松坂慶子が、娘の千鶴となって亡き父の資料を継承してゆく展開は、緻密に設計された壮大な物語を美しく完成させた。
万太郎の人生に関わる一人ひとりの人物造形も実に細やかで、それぞれのスピンオフ・ドラマを見たくなるような存在感。「“雑草”という草はない」という万太郎の信条同様、長田育恵の脚本は“脇役”という役はないと感じさせて見事だった。阿部海太郎による劇伴が流麗に作品を彩ったことも忘れてはならない。
二人の夢だった植物図鑑の完成を見届けたのち、寿恵子に先立たれた万太郎は、愛する人たちの面影を草花に見ながら野山を巡る。ラストカットは、画面越しに「おまんは誰じゃ」と問ういつもの笑顔。誰もが名前を持つ何者かであり、その一人ひとりがいてこの世は“らんまん”なのだと思い出させてくれるこのドラマは、名作として咲き続けることだろう。(永 麻理)

★「GALAC」2023年12月号掲載