女性の女性による人生の選択
ドラマ10「燕は戻ってこない」
4月30日~7月2日放送/22:00~22:45/日本放送協会 NHKエンタープライズ
桐野夏生の同名小説をもとに、「らんまん」の長田育恵が、ぐいぐいと心に迫る脚本を書いた。
主人公の大石理紀(石橋静河)は北海道から上京して病院事務の仕事に就いているが、手取り14万円の薄給で、いやな隣人につきまとわれても引っ越しする金もない。そこへ高額な報酬と引き換えに代理出産する話が舞い込む。依頼人は元世界的バレエダンサーの草桶基(稲垣吾郎)と妻・悠子(内田有紀)夫妻だ。悠子は不育症で子どもを産むことができない。
第1話で、登場人物たちを取り巻くさまざまな問題が浮き彫りになる。まず、厳然たる格差社会だ。たまの外食が、親友のテル(伊藤万理華)とのコンビニのイートインだという理紀は、代理出産を決意する。非正規雇用のため来年雇い止めとなる理紀には、現状から脱する選択肢が他にないからだ。ここには学歴も資格もない地方出身の若い女性の貧困問題がある。
しかし本作が何よりも問いかけているのは、妊娠と出産をめぐって女性だけが身体的負荷を負うという事実に無自覚な男性たちのありようだろう。草桶夫妻は子ども欲しさに不妊治療を行ってきたが、その苦痛を経験するのはもっぱら悠子だ。基は自らのDNAを残すことに執着し、悠子の心境を理解しないばかりか、理紀に干渉しようとする。過去に中絶の経験をもつ理紀も女性であることの不公平を感じている。理紀が基と契約しながら複数の男性と関係を持つのは、ささやかな抗議にも見えた。そんななか、悠子の友人で、春画の絵師でありながら自らは性的関係を持たないりりこ(中村優子)だけが、女性の身体をモノ化する代理出産のエゴと理不尽さを夫妻に突き付ける。
理紀は排卵誘発剤の影響か、双子を出産する。彼女を取り巻く諸問題は何一つ解決してはいないが、理紀は契約通り男児を草桶家に残し、女児を連れて外の世界に歩き出すことを選ぶ。代理出産を経て、女性であることを引き受けつつ自分で人生を選択する強さを獲得したのだ。そんな理紀の幸せを心から願わずにはいられないエンディングだった。(岡室美奈子)
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再審法改正の扉を開くために
FNSドキュメンタリー大賞参加作品「58年 その先に-袴田事件と再審法-」
7月3日放送/27:10~28:10/テレビ静岡
現在の日本の司法界において最も注目されている案件と思われる「袴田事件」。
この番組は、きわめて冤罪の疑いの濃いこの事件そのものをまずはしっかりと再検証していくのだが、さらに「その先に」とタイトルに謳うとおり、この事案が投げかけている司法全体にかかわる重要な問題、「再審制度」の不備に対する強い疑問を訴えていて、制作者の高い意識が感じられるものとなっている。
袴田事件は、事件発生および袴田巌氏の逮捕から58年、死刑判決確定から44年という長い年月を経て、ようやく静岡地裁での再審が実現し、今年の5月22日に結審。この9月26日に判決が言い渡されようとしていることはご存知の方も多いだろう。
逮捕直後の過酷な取り調べのなかで袴田氏は、いったん殺人放火の罪を自供したが、公判法廷では一貫して無実を主張。しかし当時の静岡地裁は検察の求刑通り死刑判決を下し、高裁、最高裁の審議を経て1980年にこれが確定した。
ここから始まった再審請求はしかし、請求が認められるたび繰り返される検察抗告や、あるいは恣意的な証拠採用といった、理不尽極まる検察対応に阻まれ、長く厳しい闘いを余儀なくされた。
番組は、この局面を大きく打開することになった、味噌漬け衣類のカラー写真や、ズボンメーカー社員供述調書などの新証拠を検察が不本意ながら開示せざるを得なくなったのが、2009年の村木厚子厚労省局長(当時)を冤罪に陥れかけた「大阪地検特捜部証拠改ざん事件」にあったと説き明かす。
そして、今も多くの冤罪を生み出すことにつながっている検察のこの不実で謀略的な対応を許しているのが、1948年施行から一度も見直されていない現行再審法にあることを、説得力を持って伝えていく。
「袴田事件が再審法改正の扉を開こうとしている」のナレーションには、司法の公正化の願いがこもっている。袴田氏の姉ひで子さんの「巌だけが助かればいいという問題ではない」との言葉は重い。(西畠泰三)
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被ばくは「なかったこと」にしてはいけない
クローズアップ現代「“隠された”被ばく者 ビキニ事件70年・救済を巡る闘い」
7月17日放送/19:30~19:57/日本放送協会
この番組は、70年前のアメリカによるビキニ環礁での水爆実験に巻き込まれた被曝漁船乗組員を救済するためには「なかったこと」にしないことだと懸命に訴えている。米政府は当時、政治決着により「なかったこと」にしようと7億2000万円の見舞い金で「完全な解決」を迫り、そのために第五福竜丸以外ののべ992隻に被曝があったにもかかわらず国は被害調査や補償をないがしろにし、放射能パニックによる風評被害を恐れたマグロ漁船員ですら「なかったこと」にして口をつぐんだ。だから被曝漁船は第五福竜丸だけだったという印象の人が多いのではないか。番組タイトルの“隠された”は、そういうさまざまな要因で「なかったこと」にされた被曝事件を「知らなかったではすまされない」という意味だ。見つめる眼力の強さにおいて月間賞に値する番組である。
手元資料の神奈川県三浦市編集「ビキニ事件三浦の記録」で首都圏の混乱ぶりがわかる。第五福竜丸はそもそも三崎の会社が建造したカツオ漁船であり、三崎の被害だけで150隻以上、廃棄マグロは200トン近くに上り、マスコミ各社でマグロ試食会まで開いた、身近に起きた騒ぎだったことが読みとれる。
また、高知県室戸の被曝漁船については、第50回の報道活動部門大賞を受賞した「『放射線を浴びたX年後』(伊東英朗監督)映画自主上映を含む報道活動」が詳しい。その伊東監督は今年、米大陸の放射能汚染を追った映画『Silent Fallout』を完成させ、7〜8月の全米18都市、19会場の上映ツアーで米国内核実験による汚染問題も提起している。
この伊東監督の映画より以前の1990年には、高知県の高校生たちが漁船員の証言を集めて、映画『ビキニの海は忘れない』も製作されている。このナレーションを担当し、今も原爆詩の朗読をライフワークにしている吉永小百合は番組のインタビューに答えて、「知ること、曖昧さを排除することの大切さ」を強調し、番組は最後に「なかったことにしないために見つめ続けていきたい」と結んだ。(福島俊彦)
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誤った科学知識と国家権力が生む悲劇
ETV特集「“法”の下の沈黙~優生保護法の罪 1948–2024~」
7月27日放送/23:00~24:00/日本放送協会
「生殖を不能にする手術で命令をもつて定める」
およそ戦後日本の法律とは思えないおぞましい言葉が並ぶ。食糧難の最中という時代状況を考えても、旧優生保護法が日本の国会で満場一致で成立し、施行されていたとは信じがたいが、それが現実である。
その対象は、当時の優生学や遺伝学の中で遺伝性の疾患を持つとされた人々で、多くの人が不妊手術を強制された。対象者としては、「遺伝性精神病(精神分裂病)(そううつ病)(てんかん)」「先天性ろう」「顕著な遺伝性精神病質(顕著な性慾異常)(顕著な犯罪傾向)」などが並ぶ。
いったん法が施行され予算が付くと、官僚や医師は、個人的に疑問に思っても判断を放棄してその運用に当たる。なかには、報告のための実績作りに奔走した自治体もあると聞くと、戦中の強制動員やアイヒマン裁判での証言まで想起させられてしまう。
さらには遺伝性とは関係のない不良行為を働く若者にまで適用されたとなれば言語道断である。
国家権力と誤った科学知識が結びついたときの恐ろしさがまさに現実となっている。
当事者や家族が言い出せない心理も描かれ、勇気を出して声を上げた一人の女性から、徐々に賛同者が増え、被害者たちが勇気づけられていく姿は感動的だ。
詳細なデータと貴重な証言を丹念に集めた力作だが、最高裁判決の前に見たかったと言えば酷だろうか。判決があり、総理が謝罪したからこそ表に出た事実も多いのだろう。それと同時に、われわれにとっても特殊な例であり、他人事だったとは言えないだろうか。
そう思われた方には同じETV特集で7月6日に放送された「命と向き合った日々」をあわせて見ることをお勧めしたい。出生前検査で障害の可能性を指摘され、産むことをためらい悩む夫婦の葛藤をしっかりと寄り添って描いた優れた作品である。旧優生保護法の謳う「不良な子孫の出生の防止」という考えは、決して過去の遺物でも他人事でもなく、新たな形でわれわれの心にも重くのしかかっている。(加藤久仁)
★「GALAC」2024年10月号掲載