歌舞伎町に描かれた「平等と寛容」
「新宿野戦病院」
7月3日~9月11日放送/22:00~22:54/フジテレビジョン
宮藤官九郎が完全オリジナル脚本を書き下ろす、“救急医療”のドラマ。否が応でも前評判が高まるなか、医療ドラマでエンターテインメント性がどれだけ担保され、また許容されるのかも注目された。
舞台は新宿・歌舞伎町の、儲からない「聖まごころ病院」。患者には流血したホスト、難民申請が通っていない在留外国人、路上生活者も。勤務医には麻酔医の研修に来た、使命感に乏しい美容皮膚科医のチャラ男・高峰享(仲野太賀)はじめクセ者揃いである。そこに突然アメリカ国籍の元軍医ヨウコ・ニシ・フリーマン(小池栄子)が現れ、外科医として働き始める。英語混じりの岡山弁で遠慮のない言葉を浴びせる彼女と向き合い、人々の気持ちは変わり始める。
主要な配役にはNPO法人の新宿エリア代表とSM風俗の女王を兼業する南舞(橋本愛)、その客で享の父である不動産コンサルタント高峰啓三(生瀬勝久)、啓三の兄で院長の高峰啓介(柄本明)ら。芸達者が濃いキャラを演じ、ヨウコの母リツコ(余貴美子)の登場で、ヨウコが啓介の娘であることも判明する。
戦場も経験したヨウコは「平等に助ける。平等に、雑に、助ける。それが医者」の言葉通り、誰でも先入観なしに治療しまくる。スーパーな腕前があるわけではなく、人の命を救うことの倫理を真っ正直に貫く姿に、享ら周囲も影響を受けずにはいられない。
全編を通じて感じられるのは、宮藤の前作「不適切にもほどがある!」(TBSテレビ)でも見られた世の中の“不寛容”に対するメッセージだ。歌舞伎町という強い先入観を持たれる街の人々への眼差しは全編の終盤、“ルミナ”ウイルス禍を描くエピソードで熱く、優しい。海外で感染して非難を浴びるホストにも、“緊急事態明け”パーティーで大事故を起こしたクラブにも、平等と寛容の視線は揺るがない。
無免許で医療行為をした時期を暴露され、逮捕されたヨウコは病院を離れる。それでもエピローグは決して悲観的ではなく、国境なき医師団で活動するヨウコが戻ってくる物語を見たい気にさせる。(並木浩一)
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国に隠されたもう一つの被曝
NHKスペシャル「封じられた“第四の被曝”―なぜ夫は死んだのか―」
9月15日放送/21:00~21:55/日本放送協会
広島と長崎への原爆投下、1954年のビキニ事件。2年後、日本の科学者が「許容線量基準」を定めた同日、アメリカは核実験を再開。さらに2年後の58年に“第四の被曝”とも言える事件が起きた。現代社会ではほとんど認識されず、犠牲者の家族が宿命として抱えてきた真実を、今一度世に問うた労作である。
事件の1年後、海上保安庁の測量船「拓洋」の首席機関士、永野博吉さん(34歳)は急性骨髄性白血病のため死亡した。「拓洋」と巡視船「さつま」の乗員113人は、広島の原爆の600倍の威力を持つアメリカの水爆実験に遭遇していた。
船内の放射線は急激に上昇し、乗員4人に一人の白血球数が異常に低下していた。直後に避難したラバウルでアメリカの軍医が遺した記録からもかなりの線量が推定できた。しかし、国は乗員の帰国後の身体検査では放射線障害の所見はない、精密検査は不要、とした。そして永野さんは、長女誕生後、出血が止まらず死亡した。遺体検査後、国は放射線量は微量で白血病とは直接関係がない、と結論づけた。妻は疑問を持つ。なぜ夫は死んだのか。死亡直後、役人がわざわざ「子どもや孫に影響のある線量ではない」と告げ、そして「秘密」と口止めしたのはなぜか。
番組は、その謎を緻密な取材で解明していく。乗員本人や家族の証言、手記、時間が経過しても被曝の痕跡を正確に残す乗員の歯を発見しその線量を測定する。さらに、日米両政府の機密解除された公文書などをもとに、この事件が最も不都合なタイミングで起きたことを明らかにする。60年安保前夜、国民の反核感情を抑え込もうと事態を必死に収拾していたのだ。
遺された妻は、口止めされたことが悔しいと真実の究明を制作陣に託した。その結果を受け止めたコメントはないまま、妻は93歳の生涯を閉じる。国家戦略に翻弄された市民の背後にあるものを丹念に掘り起こし、貴重な証言・手記、公文書、そして動かぬ証拠を入手し、今にいたる日米関係の構図を示した秀作は、核兵器の脅威を改めて突きつけている。(篠原朋子)
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予言された、戦争の行きつく果て
テレビ朝日開局65周年記念ドラマプレミアム「終りに見た街」
9月21日放送/21:00~22:54/テレビ朝日
「無差別に爆弾を落としてお年寄りだろうと赤ちゃんだろうとおかまいなしに殺してる。これ、今目の前で起きてること。私たちの現実。わかる?」。この台詞に現在ウクライナや中東で起きていることを重ねて慄然とした。今こそ見るべき衝撃的なドラマである。
本作は山田太一の小説を原作とし、山田自身の脚本により、これまでに2度ドラマ化されている。今回は宮藤官九郎が舞台を現代に設定し、原作小説から新たに脚本を書き起こした。主人公の脚本家・田宮太一(大泉洋)一家は、ある朝突然、1944(昭和19)年6月にタイムスリップする。田宮は妻のひかり(吉田羊)や小島敏夫(堤真一)らと、45年3月10日の東京大空襲を「予言」として広め、一人でも多くの命を救おうとする。しかし娘・信子(當真あみ)ら若い世代は反発し、戦争に協力しない田宮らをなじる。
過去2作では、多くの視聴者は、山田の原作が持つ強い反戦のメッセージに素直に共感し、戦時中の愛国思想に感化されてゆく若者たちを愚かだと批判的に見てきただろう。しかし日々ウクライナや中東で人が死に、「新しい戦前」と言われる現在の日本で、「私たち、昔話の世界の住人じゃない。今、この時代を生きている」「国を守るために喜んで死んでいく人々をお父さんは笑うの?」という信子の言葉に、私たちは説得力をもって反論できるのだろうか。だが田宮が終わりに見た街は、1945年ではなく2020年代の、おそらくは核爆弾によって瓦礫と化した東京だ。二つの時代が結ばれ、まさに「予言」のように近未来が示される。戦争の行きつく果てはここなのだ、と。
原作と異なり、常に安全圏からSNSを発信するチャラ男・寺本(勝地涼)を戦争の「張本人」として登場させたことと、主人公の職業が企業のSEから脚本家に変更されたことは重要だ。冒頭に引用した信子の台詞は「脚本家なんか誰も必要としてないの」と続く。けれども本作に、脚本家にしかできないことを愚直にやろうとする宮藤官九郎の矜持を見た思いがするのである。(岡室美奈子)
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考える機会を視聴者に与えた傑作
連続テレビ小説「虎に翼」
4月1日~9月27日放送/8:00~8:15/日本放送協会
一日のうちわずか15分の番組視聴が、密度濃く集中した時間になることを実感した貴重な半年間だった。司法を軸に、戦争、ジェンダー、差別、マイノリティといった現代に続く数々の問題に切り込み、ドラマというエンターテインメントの形を取りながら社会に問いかけた傑作。作中の多くの論点を咀嚼し、思考をアップデートしながら視聴するには15分×週5日の形式が適していたとも考えられ、朝ドラの可能性を切り拓いた意味でも重要な作品になった。
重要なシーンを挙げるときりがないが、憲法第14条を扱う複数の場面が特に印象的だった。原爆裁判の実際の判決文を読み上げた回も圧巻だ。一方で主人公が史実とは異なる事実婚を選んだ点や、性的マイノリティの描写など、現代の課題に引き寄せた表現が過剰では、といった指摘も聞かれた。高い評価だけでなく、このような異論も含めて視聴者に「改めて考える」契機をもたらしたことは本作の大きな意義だと考える。
吉田恵里香の見事な脚本に加え、細やかな演出や、複数の専門家による考証が物語の説得力を増した。長年にわたり司法を担当し、家庭裁判所や主人公モデルの三淵嘉子に関する著書もある、NHKの清永聡解説委員の取材に拠るところも大きい。放送局が積み上げた取材情報という貴重なアセットを、他のフォーマットに有効に活用できる興味深い事例ともいえる。
そして作品の力強いメッセージを支えたのは言うまでもなく、主演の伊藤沙莉はじめ、演者の表現力だ。個々の人物が確かにそこに生きているようなリアリティが画面から伝わり、物語がより立体的に見えた。
「はて?」と疑問を持ち、「スンッ」とせず声をあげる意義、主体的な行動や対話の重要性など、「虎に翼」の世界に出会った人それぞれが、多様な登場人物を通して自身に引き寄せてメッセージを感じるはずだ。物事を多面的に捉え、自ら考える契機を視聴者に与えるこのドラマが、今後もより多くの人、特に若年層に届く機会があると望ましい。配信なども活用し、長く愛される作品になることを期待する。(柳川素子)
★「GALAC」2024年12月号掲載